A面の野性味、B面の抒情性。何人にも否定し得ぬビートルズ・ミュージックの錬金術。「アビイ・ロード」

これを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と呼ぶのだろう。

アビイ・ロード」は……、陳腐な表現しか思い浮かばないが、とにかく、非常に優れたアルバムである。「サジェント・ペパーズ」のような押しつけがましいコンセプトがなく、適度に肩の力が抜けていながら、メロディーの美しさ、演奏のレベル、ともに一枚も二枚も上を行く。訳あって、これをビートルズの最高傑作と呼ぶことには躊躇があるのだけど、ビートルズの(実質的)ラスト・アルバムであると同時に、1970年代の幕開けを告げたアルバムであり、20世紀のポピュラー音楽を代表する一枚であるのは間違いない。

このようなアルバムが生み出されたこと自体が奇跡かも知れないが、「ゲット・バック」セッション直後のビートルズがこれを作ることができたというのは、奇跡以外のなにものでもないのではないか。

「ゲット・バック」というアルバムを作りかけたものの、完成に至らず、ペンディング。最終的に翌年「レット・イット・ビー」としてリリースされるわけだが、この時点では発売できるかどうかわからず、発売できたとしても、納得のいく出来栄えではないことはメンバーは承知していただろう。既にビートルズとしての活動が終焉を迎えていることは、メンバー全員が感じていたであろうから、最後にもう一度、ビートルズらしいアルバムを作りたい、と考えたのに違いない。

ジョージ・マーティンのところに新しいアルバム制作の依頼をしたところ、マーティンは非常に驚いたという。まさか再びアルバムを作るとは予想していなかったのだろう。ホワイト・アルバム、ゲット・バックとマーティンもずいぶん厭な思いをしたから、断わる選択肢もあったが、「4人全員がアルバム制作に協力すること」を条件にプロデュースを引き受けた。

このアルバムでは、すべての曲の演奏にメンバー全員がなんらかの形でかかわっている(「Her majesty」を除く)。提供された楽曲は、ジョンが6曲、ポールが8曲、ジョージが2曲、リンゴが1曲と、特定の人に偏らず、全員の曲が採用されている。テープの逆回転や切り張りといったスタジオワークは最低限に抑えられ、レコードでいうB面はメドレー形式で曲と曲の繋ぎ目を明確にせず、臨場感を持たせる……。これらは、ゲット・バック・セッションで果たせなかったことである。さらに多くの曲でコーラスがつけられ、そのほとんどはジョン、ポール、ジョージのハーモニーになっている。これはまさに昔のビートルズじゃないか!

音楽的には、ジョージの持ち込んだムーグ・シンセサイザーが、ロック・アルバムにシンセサイザーを導入する先駆けとなった(ただし、モーグシンセサイザーを世界で始めて商業的に利用したのは、1967年発表のモンキーズのアルバム「スター・コレクター」)。

レコーディング時のメンバーは、和気藹藹とまではいかないにせよ、ゲット・バック・セッションの時と比較すると、信じられないほど協力的だったという。彼らはまだ全員が20代である。それなのにこのプロ意識は驚嘆すべきではないか。

ローリングストーン誌は、「本作のB面のみで『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に匹敵する」と評した。イギリスで17週連続1位、アメリカで14週連続1位を記録し、レコードの売上げは、当時の世界記録だったという。ジョンは、「アビイ・ロードのようなアルバムを作り続ける限り、ビートルズのレコードはいつまでも売れ続けるだろう。僕が90歳のおじいさんになるまで」と語ったことがある。残念ながら、ジョンは90歳まで生きることはなかったが、生きていれば70歳……。彼が予言した通り、今でもビートルズのアルバムは売れ続けている。

アビイ・ロード

アビイ・ロード