世紀の駄作「レット・イット・ビー」

知っている人は知っている有名な話だが、改めて書いておく。アルバム「レット・イット・ビー」がリリースされたのは1970年5月。それはイギリスでは13枚目で、「アビー・ロード」(1969年9月)よりあと。ビートルズのオリジナル・アルバムとしては最後の発売である。しかし録音されたのは1969年1月で、「アビー・ロード」(1969年8月)より前。実質的なラスト・アルバムは「アビー・ロード」だということになる。

なぜ1969年1月に録音されたものの発売が1年半近くも経ってからになり、次に制作されたアルバムと逆転現象が起きてしまったのか、については、面倒だし、楽しくないので詳しくは書かない。「幻の『ゲット・バック・セッション』」(2010/01/25)でも書いたような当初の意図とは裏腹に、メンバーの亀裂は決定的なものとなり、誰にプロデュースを頼むか、といったことすら意見がまとまらず、ずっと店晒しになっていたらしいのだが。

結局、プロデュースはフィル・スペクターが手掛けることになる。本作以外のすべてのビートルズの作品はジョージ・マーティンがプロデュースしているが、本作は貴重な(あるいは、不幸な)例外。

アルバムのジャケット裏に解説めいた文章が載ったのも初めて。全文を転載する:

This is a new phase BEATLSE album...
essential to the content of the film, LET IT BE was that they performed live for many of the tracks, in comes the warmth and the freshness of a live performance, as reproduced for disc by Phill Spector.

"reproduce" となっているのは、当初のゲット・バック・セッションはジョージ・マーティンが手掛けたため。中断後フィルが受け継いだことから、このような表記になったものと思われる。

のちにポールはインタビューに答えて次のように語っている。

「レット・イット・ビー」のアルバムが出来上がった時アラン・クレインがジャケット裏に少し解説めいたものを載せたんだ。ビートルズのアルバムに説明がはいるなんてことははじめてだった。その頃のビートルズは非常にいろんな意味でイライラし、楽しい時じゃなかった。それは「新しい局面に立つビートルズ」と書かれていたが、本当のことじゃなかった。というのは、「レット・イット・ビー」のアルバムがビートルズの最後のものだということをみんなが知っていたんだから。(「ミュージック・ライフ」1972年2月号)

ジョンの率いるプラスティック・オノ・バンドは、1969年10月にシングル「コールド・ターキー」、11月にアルバム「ライブ・ピース・イン・トロント」、1970年2月にシングル「インスタント・カーマ」と矢継ぎ早にリリース。3月にはリンゴ・スターのソロ・アルバム「センチメンタル・ジャーニー」、4月にはポール・マッカートニーのソロ・アルバム「マッカートニー」がリリースされ、また「マッカートニー」のリリース直前にはポールのビートルズ脱退宣言がなされていた。「レット・イット・ビー」のアルバムがリリースされたのはそのあとだ。*1

それにしてもひどいアルバムである。よくもリリースが許可されたものだ。個々の曲にはいいものが多く、それだけに残念なのだが、アルバムとしては最悪。20世紀最高のバンドのラストがこれだと、人々の記憶に永遠に刻み込まれているのかと思うと、やるせないものがある。

  1. コーラスがうまくハモれていない。1曲目の「Two of Us」からいきなりげんなりさせられる。チームワークがそこまで乱れてしまったのか。
  2. 「Dig It」や「Maggie Mae」のようなお遊びの曲を入れるのもいいが、それならもっと曲を増やしてほしい。この2曲を除くと10曲しかないのはさびしい(ホワイト・アルバムは二枚組で30曲ある)。
  3. 映画のスタジオを使用したためか、スタジオ録音のものは全体的に音がこもっており、音質が悪い。
  4. ライブ演奏のものは概してノリがよい。それなのに、なぜバラバラに配置するのか。
  5. とにかくテーマもなければまとまりもない。

映画の「レット・イット・ビー」は、ヤン・ウエナー(「ローリング・ストーン」誌編集長)に「彼ら4人が最終的にビートルズに興味を失ったことを記録した映画」と評されたが、僕は、アルバム「レット・イット・ビー」を補う貴重な音源だと考えている。

「Dig It」のロング・バージョンが聴けること(僕はこの曲がかなり好きなのだ)、「The Long and Winding Road」のシンプルなアレンジの演奏が聴けること。「Let It Be」と「The Long and Winding Road」と2曲続けて演奏したポールが外へ出、そこからルーフ・トップ・コンサートにつながる演出は圧巻。ルーフ・トップ・コンサート(アップル・ビルの屋上で行なわれた、彼らの最後のライブ・パフォーマンス)はさすがにビートルズの名に恥じない演奏だ。この音と映像が記録されていて、本当によかった。

レット・イット・ビー

レット・イット・ビー

*1:だから、これがビートルズ最後のアルバムだということは、誰もがわかっていただろうと長年僕は考えていたが、改めて当時の雑誌を調べてみると、そう思っていた人は少数派だったのではないかと思えてきた。コンサートを止めたことで自由時間ができたため、メンバー個々人の活動が目立つようになった。それぞれ結婚して家族ができると、レコーディング以外でメンバーが顔を合わせることはなくなった。が、ビートルズが解体したわけではなく、今後ともビートルズとしてレコードを作り続けてくれるだろう……と思い込んでいたようである。ポールの脱退宣言も、ビートルズの解散騒動はそれこそ結成直後から数え切れないほどあったわけで、またか、と受け取られただけなのではないか。世間の人々が、ビートルズの終焉を確信した、というか、納得せざるを得なくなったのは、いつだったのだろう。