古葉竹識逝去

2021年11月12日、元プロ野球選手・監督の古葉竹識心不全で亡くなられた。85歳。

以前、何かの理由で古い新聞をあさっていたことがある。その時、打撃成績の2位か3位に古葉竹識の名前があり、この人、選手としてもすごい人だったんだな、と思ったことがある。

それは1963年で、最終的に3割3分9厘で2位になっている。十分首位打者を取れる成績だが、残念ながらその年の首位打者長嶋茂雄。長嶋と争って2位なら立派だ。あとで調べてみると、3割を超したのはその年だけだった。そういうこともあるのだ。

監督としては広島カープを12年率いて日本一が3度。悪い監督ではなかった。ベンチでは何があっても表情を崩さず、泰然としているのがカッコいいと思っていた。

85歳は、特別長生きでもないが、若くもない。そういうお歳だったんだなあと思う。

白土三平逝去

2021年10月8日、漫画家の白土三平が誤えん性肺炎のため逝去。89歳。小学館のサイトにて発表された。

子供の頃「サスケ」のアニメは断片的に見た覚えがある。影分身は無理だが微塵がくれは(道具さえあれば)できそうな気がした。白土三平の作品そのものは、目にはしていたのだろうが、ちゃんと読んだことはない。

喜国雅彦が、「歴史を本当に動かしたのは庶民である、白土三平の漫画には庶民が描かれている、だから時代がリアルに浮かび上がってくる」「白土三平の視点は、あくまで(虐げられてきた)庶民にあった」というようなことを述べていたと思う。

のちに歴史を少し真面目に勉強した時に、信長がどうしたとか龍馬がこうしたとかいうのはきっかけに過ぎず、その時代を構成していた圧倒的多数である庶民がどう暮らしていたかを理解しなければ、その時代を理解したことにはならない、としみじみ感じ、白土三平は正しかった、と思った。といいつつ、白土三平の作品はいまだに読んだことはないのだが。

片手鍋を買った

片手鍋を買った。ベストコ製、ステンレス三層底(ステンレス・アルミニウム・ステンレス)、18cm、2.5リットル。

これまで使っていた鍋の底が剥げてきたため。鍋の寿命は2~3年とする説もあり、それならとっくに寿命は過ぎているはずだが、記録がないから正確なところはわからない。

山本文緒逝去

2021年10月13日、作家の山本文緒膵臓がんのため逝去。58歳。

特別好きだったわけではないが、同い年のためいろいろと気にはなっていた。直木賞を受賞した時はそれなりに嬉しく感じたものだった。自分は元気でいられるだけありがたいと思わなければ。

飯島敏宏逝去

2021年10月17日、演出家・脚本家・プロデューサーだった飯島敏宏が誤嚥性肺炎のため逝去。89歳。

飯島敏宏はウルトラセブンの「勇気ある戦い」「セブン暗殺計画」の監督を務めていたので名前を知っている。逆にいうとその部分しか知らない。

いろいろと報道を見ていて、特撮業界的には「バルタン星人の生みの親」として有名なことを知った。

Tシャツを買った

Tシャツを買うのは、旅行に行った時や、何かのイベントでTシャツを販売していた時で、洋服屋で買ったことはない。が、この一年半、旅行には行かないしなんのイベントにも行かない。その上日々Tシャツを着ているため、手持ちのTシャツがだんだんと首回りがダルくなったり、薄汚れが洗濯しても取れなくなったりしてきた。おまけに、同じものばかり着て飽きてきた。

そんなわけでユニクロに行ってみた。そうしたら鬼滅Tシャツのセールをやっていた。物は悪くないが格安。他にもルーブル美術館シリーズとか、フォルクスワーゲンシリーズとか、なかなかデザイン的には面白いものが並んでいた。

せっかくなのでその中から三枚ばかり購入してきたのだが、つくづく思う。Tシャツは洋服屋で買うものじゃない。

鬼滅が好きだったら鬼滅Tシャツもいいだろう。しかし原作漫画もアニメ映画も見たことがなく、顔を見ても名前がわからない。漫画が好きで、映画も見に行って、○○さんというキャラが押しだというなら、堂々とTシャツを着ればいい。キャラの名前もわからない人は着るべきじゃない。

乗っている自動車がワーゲンならVWシャツもいいだろうが、そうではない。ドイツ車ですらない。

もちろん、記念だ思い出だというのとは関係なく、無地のシャツを買ってもよかったのだけれど。

これから少しずつ、Tシャツを買うような機会が増えていくだろうか。

すぎやまこういち逝去

2021年9月30日、作曲家のすぎやまこういちが敗血症性ショックのため逝去。90歳。2021年10月7日、スクウェア・エニックスの『ドラゴンクエスト』公式サイトで伝えられた。

すぎやまこういちの名前は知っているが、それはガロの「学生街の喫茶店」や「君の誕生日」、キャンディーズの「ハート泥棒」あるいは「帰ってきたウルトラマン」の主題歌の作曲家としてだ。世代的には自分より一世代上の人というイメージであった。

ところが今回の報道で初めて知ったのだが、ドラゴンクエストシリーズをはじめ、ゲーム音楽を幅広く手掛けられていたそうで、若い世代にはむしろこちらでなじみがあるようだ。驚いたのは、54歳の時に初めて(これまでの歌謡曲やCM曲とは全く異なる分野である)ゲームの世界に足を踏み入れ、実績を築き上げたこと。

ところで僕は子供の頃、「帰ってきたウルトラマン」の主題歌を初めて聞いた時に、これは「ウルトラマン」の主題歌にそっくりだ、盗作だぁと思った。その後、盗作だとはいわないけど似ているなあとずっと思っていた。

今考えてみると、これは恐らく、「ウルトラマンが帰って来たんですよ」ということをイメージさせるために、わざと寄せて作ったのではないか。もともとは初代ウルトラマン本人が帰ってくるという設定だったし。