ホワイト・アルバムにおけるドラム

リンゴ・スターは、かつてビートルズの解散の理由を訊かれ、こう答えたことがある。

例えば僕がやめたため。ジョージがやめたため。ヨーコが現われたため。ジョンがやめたため。それに商売上のこと。突然、僕たちが一緒にやっているのが厭になって、一人一人でなにかをやりたくなったことなど、理由をあげたらキリがない。それが理由ですよ。(「ミュージック・ライフ」1972年2月号)

リンゴとしては、特定の人の責任ではなくいろいろなことの積み重ねだ、ということが言いたかったのであろうが、ここで「僕がやめたため」というのは、ホワイトアルバムのセッション中に離脱した事件を指している。ポールがリンゴのドラムにケチをつけ、皆の前で公然と非難し、そのことにもかなり苛立っていたようだが、結局リンゴのドラミングに納得の行かないポールが、リンゴがいない時に勝手に自分でドラムを演奏し、録り直したこともあったようで、あとでそれを知ったリンゴが激怒して、「それなら僕はいらないだろう」と言って離れたらしい。結果的には復帰しているため、一時的に仕事を放棄したにとどまったが。

僕は長い間、「Why Don't We Do It in the Road?」と「Honey Pie」のドラムがポールなんだろう、と思い込んでいた。どちらもポールの曲で、曲調や雰囲気から、ポールのワンマン・レコーディング・ソングなのではないかと考えたためだ。

ずいぶんあとになって、アルバムのトップを飾る「Back In The U.S.S.R.」と「Dear Prudence」におけるドラムがポールによるものだと知り、驚愕した。だって、実に見事じゃないか! リンゴだと思い込んでいたのに!*1 自分でこれだけ叩けてしまうのであれば、リンゴに文句を言ったり、自分で録り直したりしたくなる気持ちは、わからなくもない。

ジョージも、のちにこのアルバムのセッションを振り返って、「とにかく何度も何度も何度も何度もやり直させられてうんざりした記憶しかない」のように発言している。ポールを弁護するわけではないが、本来、ミュージシャンがイメージ通りの音が出るまで何度もやり直すのは当然であり、そこに不満を漏らすのはおかしい。恐らくやり直しをさせられたことではなく、ポールの言い方がプライドを踏みにじるようなものだった、ということなんだだろうが、ポールにしてみれば、自分がやればできるのに……と思いつつ、他のメンバーに演奏してもらうのは、それはそれで辛かったのではないか。マルチ・トラックというのも、考えてみれば罪なシステムだった。

ビートルズの分裂の原因は、一般にブライアン・エプスタインの死だと言われる。彼がいなくなってから、メンバーがバラバラになった、アルバムでいえばそれはホワイト・アルバムからだ。たとえば、リンゴが(一時的に)脱退した以外に、ジョンとジョージもレコーディングの期間中に勝手にインタビューなどの他の仕事を入れたり、海外旅行に出たりしていたようだが、公式の休暇日以外にメンバーが別々に行動なんて、エプスタインが生きていた頃は考えられなかった……と。

もちろん、それもあるだろうが、直接の要因はもしかしたらマルチ・トラック・レコーディング・システムなのかも知れない。

ちなみに、このアルバムで、リンゴではなくポールがドラムを叩いているのは、上記2曲のほか、「Martha My Dear」もそう。これこそ(オーケストラ以外)すべてポールの演奏である。当初僕が「ポールのドラムでは?」と思った「Why Don't We Do It in the Road?」は、ドラム以外はすべてポールだが、ドラムはリンゴ。「Honey Pie」は、ドラムはリンゴ、ギターはジョン、ベースがジョージと不思議な形で全員が参加している。ここでのジョンのプレイは実に巧みで職人芸の極み。ジョージのベースも意外に(?)うまいが、なぜ本職のベースをポールがわざわざジョージにやらせたのかは謎。

*1:今あれこれ調べていたら、専門家も間違えていたようで、ちょっと安心した(笑)。参考:「ドラマー・リンゴを検証する」(スタジオライト ドラム教室)