強さと弱さ

自分の弱いところを素直に認められる人は、弱い人ではないと思う。

ストラテジック(経営戦略的)な立場で述べると、自社の製品が競合他社製品に比べて圧倒的に優れていたら、売る方は楽でいいけど、人間の考えることにそう大きな違いはないから、特に工業製品においてはそうそう他者と違いの際立った製品を開発できるものではない。アイデア製品などで、一時的に画期的な製品を生み出しても、そう遠くない未来に類似の製品が出てくる。

つまり、競合他社製品に比べて極めて優れた製品を開発することを目標には置きにくいし、そうした製品を開発することを前提に商売の計画を立てることはできない。

実際には、自社の製品は、ちょっといいところもあるけど、欠点もいくつかある、まあ総合的にいって決して悪いとはいわないけど、際立って優れているとはいえない、……とまあ、そうしたレベルの製品をもって、市場に参入することがほとんどである。

こうした場合に成功するかどうかのポイントは、自社製品の長所と短所をどれだけ把握できているか、ということに尽きる。ところが自社の特長は誰だってチェックするが、意外に短所は調査しない。見たくないという心理もあるだろうし、下手に詳細な報告をあげてしまうと、営業からは売れない責任を開発側が押し付けられたり、上からは「そこまでわかっていてなぜ改善しない」などと叱られたり、割を食う可能性が高くなるのかも知れない。

しかし、自社の欠点を知らずして、もしくは欠点を過小評価して適切なマーケティングは展開できない。張り切って突撃し、その欠点を撃ち抜かれてこけるのがオチである。それを「頑張って」克服させるような精神論は好きではない。いや、好き嫌いではなく、実際にたいした効果はあがらないだろう。

商売で成功するのは、必ずしもすぐれた製品をもっていることではなく、製品の長所と短所(特に短所)を冷静に把握し、適切な戦略を立てたところだ。

この考えは個人レベルにもそのまま通じると、僕は思っている。自分の欠点を認めるのは厭なものだし、いったん認めてしまうと、なんだか自分がダメ人間のような気がしてくる。そこで欠点を克服しようと試みるが、うまくいかず、さらに挫折感を味わう……というのは、考え方として間違っている。

欠点を直す努力が無意味とは言わないが、そうそう簡単に克服できるなら誰も苦労はしないのだ。欠点のない、誰よりもすぐれた人間になることを目指すのではなく、いろいろ欠点を抱えながらも、それらとうまく付き合いつつ、やりくりしていくことの方が重要で、それが結果的に周囲からも評価され、尊敬されることにつながる。その第一歩は「自分の欠点を認める」ことにあるのだと思う。

自分の弱いところを見つけたら、あーこんなことも自分はできないんだなあ、と考えるのではなく、あ、これでまたひとつ、自分の特徴を把握したぞ。しめしめ。と考えるべきなのだ。