みんな、アメリカを探しにやってきたのです(3/3)

二十年の年輪

若い人が将来の目標もなく、何かに無我夢中で取り組むわけでもなく、ふらりと旅に出て空しいだの苦しいだのと漏らしても、現在の僕はあまり共感することはないが、ティーンエイジャーだった当時の自分がこうした歌詞に感情移入した気持ちはよくわかる気がする。

当時は、ピッツバーグといっても何処にあるのかも知らず、というより、ピッツバーグというのが地名だとも認識していなかっただろう。それから30年近く経った今、ピッツバーグはハイテク産業の(そして僕の勤め先の本社がある)町、ミシガン州デトロイトは、GM、フォード、クライスラーというビッグ3と呼ばれる自動車会社のある町として、現在の僕の業務に深い関わりを持っている。

ポール・サイモンの描いた若者が感じていたものとは違うだろうが、僕なりにこれらの地名に思い入れを持って接することができるようになった。19歳の時の自分が、仮に誰かから「ピッツバーグはここだよ」と教えられても「ふーん」で終わりだっただろう。年を取り、知識を得、経験を積むというのは、なかなか楽しいものだ。

若者の軌跡

歌詞の意味はよくわからない。「かばんに不動産を持っている(I've got some real estate here in my bag)」というのは何を意味するのか。登記簿謄本や権利証の類を持っているわけではあるまい。全体として話が貧乏くさいから、金持ちでないのは明らかだ。かばんひとつが自分の財産だと言いたいのだろうか。

それ以上にわからないのが、主人公の行動軌跡だ。最初はピッツバーグから長距離バスに乗る。これは確かだが、「ミシガンのことは夢のようだ」というのはどういう意味だろう。

ミシガンは若者が以前住んでいたところなのだろう。相手の女は同郷だろうか、それとも、女の知らない自分の過去を教えているのか。ミシガンに住んでいたころは夢のように楽しかった、ということだろうか。ピッツバーグまで来たけれども、あまりいいことはなかった、と。恋人ができ、結婚までしたのだから、そんなことはないだろうと思いたいが、二人とも新婚にも関わらず、あまり楽しそうじゃない。

サギノールは、デトロイトから75号線を北上したところにある小さな町だ。地図をざっと見ると、ピッツバーグまで道なりに500kmほどあるから、ヒッチハイクで移動しようと思ったら、確かに4日ぐらいはかかるだろう。今はヒッチハイクしなくても、長距離バスに乗る程度のお金は持っているので、そんなにはかからない、ということか。ちなみに僕はデトロイトからピッツバーグまで飛行機で移動したが。

サギノールからピッツバーグに「アメリカを探しに」やってきたという。サギノールは小さな町かも知れないが、(同じミシガン州の)デトロイトアメリカ随一の産業都市であり、人口も多い。一方、ピッツバーグは大学や研究施設がたくさんあり、治安も比較的よく、暮らすにはいい処かも知れないが、決して都会ではない。ペンシルベニアで一番大きな都市はフィラデルフィアであり、州都はハリスバーグだ。地名に対するイメージは、他国の人間にはつかみにくいところもあるが、名古屋市の郊外に住んでいた人が静岡市街にやってきたような、ちぐはぐな印象を受ける。

ニュージャージー・ターンパイクはニュージャージー州を南北に横断する高速道路である。ニュージャージー州は北はニューヨーク州、西はペンシルベニア州、南はデラウエア州に接する。だいたい、ウィルミントン(デラウエア州の州都)からフィラデルフィアトレントンニュージャージー州の州都)を経由してニューヨークを結んでいると考えればいい。主人公はフィラデルフィアを経由してターンパイクに乗ったのだろう。そしてニューヨークへ向かっているのだ。*1ピッツバーグからフィラデルフィアまでざっと400km、フィラデルフィアからニューヨークまで140〜150kmくらいか。もうあと一眠りしている間に着くであろう。

そこに主人公の求めるものがあるかどうかは、知る由もないけれど。*2

参考リンク

参考リンク(追加)

*1:フィラデルフィアからニューヨークに向かった、とは明記されていない。アメリカを探しに歩きだしたのだから、ニューヨークまで行くだろうと思っただけ。逆方向に向かったのかも知れないし、フィラデルフィア辺りに腰を落ち着けてしまい、単にターンパイクを眺めているだけかも知れない。サギノールから出てきてピッツバーグで足を止めた主人公だから、可能性はある。しかし、ここはやはりニューヨークに向かってほしい。

*2:ニューヨークへ向かいながら自動車を数えたということは、すれ違う自動車を数えたということになる。つまり、ニューヨークから「帰ってくる」自動車である。彼らは、アメリカを探しにニューヨークにやってきて、そして、探し物が見つかって帰るのか、ついに見つからず夢破れて帰るのか。