初めての東海岸
2005年の1月18日から27日まで10日間、ペンシルベニア州のピッツバーグへ出張することになった。アメリカへ行くのは11年ぶり二度目、東側は初めてである。外資系勤務とはいえ、英語が極端に苦手なため、行っても役に立たないとこれまでは逃げていたのだが、遂にお鉢が回ってきてしまった。
サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」
出発の一週間ほど前、サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」という曲が、突如、唇の端にのぼった。こういうことは、よくあると言えばよくあるのだが、その後しばらくの間、頭の中で「アメリカ」が何度も繰り返し流れて止まらなくなった。
この曲を初めて知ったのは高校一年生の時だ。友人とたまたまサイモン&ガーファンクルの話題になって、ひとしきりサイモン&ガーファンクル談義をしたあと、その人がこの曲を歌い始めたのである。
彼女とは古い付き合いだが、通して歌うのをまともに聴いたのはこの時が初めてだった。うまいなあ、声がきれいだなあ、と感心した記憶がある。歌い終わったあと、「どう、いい曲でしょ」と訊かれて、「英語の歌を何も見ずに歌えるなんて、すごいね」と見当違いの褒め言葉を発したのは、照れ隠しもあったのか。
「M(共通の友人)が『ブックエンド』を持っているから、借りてみなよ」そう熱心に薦められた。『ブックエンド』は「アメリカ」が収録されているアルバムである。サイモン&ガーファンクルのアルバムで世間的にヒットしたのは、その次の『明日に架ける橋』だけれども、ファンの間では『ブックエンド』の方が評価が高い。趣向を凝らした構成、佳曲が多い、アートとポールの見事なハーモニーが聴ける……ことなどが理由だろう。*1
その後、Mから『ブックエンド』を借りて聴いてみたけれど、この時は言われるほどには「アメリカ」がいいとは思わなかった。印象に残ったのは何といっても「ミセス・ロビンソン」である。
今から考えると、当時の僕はポール・サイモンのアコースティック・ギターのサウンドに強く魅せられていた。だから、エレクトリック・ギターやオルガンが印象的ではあるが、アコースティック・ギターが表に出ていない「アメリカ」は、最初は物足りなく感じたのだろう。
しかし、このアルバムの中で、今でも歌詞を覚えている曲は、非常に短い「ブックエンド」を別にすると、「ミセス・ロビンソン」と「アメリカ」だけである。「旧友」も「冬の散歩道」も「動物園にて」もきちんと歌えない。初めてアルバムを聴いた時はあまり印象に残らなかったが、忘れられず、その後、かなり何度も歌い込んだのだ。それから30年近く経った今でも、歌詞を間違えずに歌える程度には。
「アメリカ」が頭の中でリフレインされ、何度目かそれを口ずさんでいる時、自分の口からこぼれ出た声を何気なく自分の耳で拾って、はっとした。歌詞の中に「ピッツバーグ」が登場するのだ。それに気づいたのは、既にピッツバーグの地に足を踏み入れたあとだった。これは想像だが、無意識下で「ピッツバーグ」で脳内検索をかけ、「アメリカ」がヒットしたのではないか。