ビートルズのオリジナルアルバム

何をもってオリジナルとするかは、そう簡単に決められるものではない。少なくとも個人にとっては。

ビートルズのアルバムは、イギリス本国では「プリーズ・プリーズ・ミー」が出て、「ウィズ・ザ・ビートルズ」が出て、……いずれも空前のヒットを記録したが、当時はイギリスのミュージシャンがアメリカで成功した例はなく、EMIの資本提携先であるキャピトルはレコード販売に応じなかった。

1963年末にようやくキャピトルはシングル「抱きしめたい」をリリースし、1964年1月にアルバムを出すことになったが、既に英国ではアルバム2枚、シングル5枚が出ていたので、それらから選りすぐって「ミート・ザ・ビートルズ」という独自の編集アルバムを制作する*1。これはアルバム・チャートで11週連続1位を記録するなど大ヒットし、アメリカにおけるビートルズの位置づけを決定的なものにした。日本をはじめ、世界の多くの国で「ミート・ザ・ビートルズ」がビートルズの初アルバムとして紹介された。

「ミート・ザ・ビートルズ」は英国では発売されておらず、ビートルズ自身が関与したわけでもない。だからオリジナルアルバムではない。しかし、多くの人が「ミート・ザ・ビートルズ」でビートルズと出会った*2。リアルタイムで聴いていた世代の人にとって「ミート・ザ・ビートルズ」の衝撃は大きかったようで、何人もの人がそのことを語っている。

アルバムの売り上げでいうと(レコード時代の集計)、1位が「アビー・ロード」で1200万枚、2位が「サージェント・ペパーズ」で1100万枚、3位が「ミート・ザ・ビートルズ」で900万枚……らしい。「プリーズ・プリーズ・ミー」や「ウィズ・ザ・ビートルズ」はそれよりずっと少ない。つまり、世界的に見れば「ミート・ザ・ビートルズ」にミートした人の方が多いわけ。その人たちは、いやあれはいちレコード会社が勝手に編集して作ったアルバムで、ビートルズ自身は知らないんですよ、だからCDで再発した時に「ミート・ザ・ビートルズ」はありません……といわれて納得できたのだろうか。(もう20年以上も前の話だから、とっくに折り合いをつけたんだろうけど。)*3

モノラルとステレオの問題もそうだ。ビートルズの時代にはモノラルが一般的で、「ホワイト・アルバム」まではビートルズが承認したのはモノラル盤のみだった。レコード会社の営業上、ステレオ盤も製作されたが、基本的にはあとから音を左右に振り分けただけで、ビートルズ自身は関知していない。だから「オリジナルはモノラル」といわれている。「ステレオがオリジナル」になのは「アビー・ロード」のみである。

僕は現役のビートルズを知らない。初めてビートルズを(ビートルズと認識して)聴いたのは1974年であり、熱心なファンになって「レコードを全部買おう」と決めたのは1978年である。以後、少しずつ買い集めたが、僕が買ったのは基本的に1975年に再発されたもので、これはすべてステレオ盤である(なぜ「マジカル・ミステリー・ツアー」のみモノラル盤を入手してしまったのかは謎)。僕にはステレオでビートルズを知り、ステレオでビートルズを聴き込んだのだ。いくらジョージ・マーティン「モノラルで聴いて、初めてあなたは本当にビートルズを聴いたことになる」と言ったところで、はいそうですかとはいえない。同時代に生きていなかったことを少々残念には思うけど。

だから、今回のリマスター盤の発売に際しても、モノボックスは買わない。それは僕にとってのビートルズではないから。

ザ・ビートルズ・ボックス

ザ・ビートルズ・ボックス

ザ・ビートルズ・モノ・ボックス(アンコール・プレス)

ザ・ビートルズ・モノ・ボックス(アンコール・プレス)

*1:「プリーズ・プリーズ・ミー」のアメリカにおける販売権はヴィージェイが持っていたため、という事情もある。が、この契約がなくても同じことをしたのではないか。

*2:キャピタルがなかなかレコードを販売しないため、当初はマイナーレーベルであるヴィージェイやスワンから、シングルもアルバムも発売されていた。が、弱小レーベルの悲しさで、全然売れなかった。つまり、ほとんどのアメリカ人はキャピトルが扱うまでビートルズを知らなかったのだ。キャピトル盤が大ヒットしたあと、ヴィージェイやスワンのレコードもチャートをかけあがり、ランキングの上位をビートルズが独占するという現象が見られた。

*3:キャピトルはその後も編集アルバムを出し続け、ビートルズはそのことにずっと不満を持っていた。1987年に初めてCDがリリースされた際、14タイトルを公式アルバムと定め、「マジカル・ミステリー・ツアー」を除くキャピトル編集のアルバムはすべて廃盤にされた。が……その17年後、結局キャピトル盤もCDリリースされた。そりゃそうだろう。