カスタマイズは死語?

思い起こせば、僕も初めて購入したパソコンはかなり徹底的にカスタマイズをしたが、だんだん何もしなくなっている。この現象は確かに当て嵌まる。自分の場合、思いつく理由はこんなところだろうか。

  1. MS-DOS 3.3は、カスタマイズをしなければ使いようがなかった。Windows 3.1Windows NT→Windows 2000→……と変遷するにつれて、少しずつ使い勝手が良くなり、あまりカスタマイズしなくても使えるようになった
  2. MS-DOS時代は、UNIXライクなツールをインストールして、dirの代わりにlsでファイルを表示させるようにしてみたり、ディレクトリの表示をUNIX風に変えたりして喜んでいた。それでいっぱしの業界人になったつもりでいたわけだが、もちろんそんなことをして喜ぶのはトーシロである。今はもうベテランの域に達してしまい、殊更に業界人ぽく振舞う必要がなくなった
  3. 「他の環境で作業するときに苦痛」というのは確かにある。客先で仕事をしなければいけないことが(一時期は)多かったから、素の環境にも慣れる必要があった。また、「自分のPCを他人が操作」する時に苦痛を与えないように、というのもかなり大きな理由としてある。まあ、だんだん年を取ると多少は他人に対する思いやりの心も芽生えてくるものだ
  4. 年々セキュリティが強化され、会社が認めないソフトは(ツール類も)インストールが禁止されたり、設定変更ができなくなったりしている。もはやカスタマイズの自由がなくなってきた

うちの会社でもシステム管理者が認めないソフトの勝手なインストールは、表向きは一切禁止されている。ただし大きな声では言えないが、制限がかかっているのはネットワーク関連のみで、特にチェックされることもないため、いくつかのツールはこっそりと使っている。だが、それも早晩、できなくなりそうだ。今後は「カスタマイズ」なんて死語になるんじゃないか。