マイニチ(M子の思い出)

M子と付き合うようになったきっかけはなんだったんだろう。以前から、美人である上、頭の回転も速く気立てもいいと評判であったが、自分には高嶺の花だという思いもあったし、だいたい世間で評判がいい人ほど、実際に付き合って見るとヤな奴だったりするんだよな、のような醒めた気持ちもあった。

それまでも、そういう付き合いをしてきた経験がないわけじゃない。若い頃は誰でもそうだろうが、別に心の底から惚れ込んだというわけではないけれど、NやS、F、T、あるいはPなどと付き合いがあり、有体に言えば何人かと並行して付き合っていた時もあった。

彼女たちとは、おしゃべりをしたり、ゲームをしたり、仕事を手伝ってもらったり、まあさまざまなことをしたわけで、それはそれで楽しいことであったし、有益なこともあった。

M子は、過去に付き合った誰とも違う。もちろん、楽しくおしゃべりをすることもあったし、ゲームをすることも、仕事を手伝ってもらうこともあったが、それ以前に、ただ一緒にいるだけで楽しかった。身体にそっと触れているだけで気持ち良かった。こんな風に感じたのは、M子が初めてだった。

M子の何処が良かったのか、今になって振り返って見ると、なかなかうまくは説明できない。気立てがいいとはあまり言えなかった。これといった理由もないのに、急に怒り出したりふさぎ込んだりすることがしばしばあった。これまでに付き合っていた人には考えられないことで、そのたびに仕事を休んで彼女の機嫌を取り戻すことに腐心しなければならなかった。

だからといって、その点に不満があったわけではない。むしろ、彼女のためにしてやれることがある、という手応えは、僕を有頂天にさせた。そして、自分の手で彼女の機嫌が戻るたびに、お互いに以前よりいっそう理解し合えたと感じるのだった。

会社を辞めて、自分で商売を始めようと考えたのも、彼女の全面的なバックアップが得られる確信があったからこそだ。彼女は見かけによらず(?)ビジネス面でも有能で、彼女を自分の個人的な秘書として使えれば、自分の力は大幅にアップする。たとえば客先に提出する資料などは、彼女が清書をすると見栄えが全然違い、説得力も増すのだった。

転機は、商売がうまくいかず、撤退した時だろうか。再び会社勤めを始めたのだが、今度の仕事は彼女が必ずしも得意といえる分野ではなかった。どのみち会社員であるから、社員でない者が手伝える余地はほとんどないのだ。

仕事が終わってから、世間話をしたり、ゲームに興じたりしたものの、仕事の話についてこれないことにもどかしさを感じるようになった。あとはお定まりの道のりである。新しい会社で知り合ったW美は、率直に言って美人とはいえないし、性格も疑問に感じる部分がないではなかったが、仕事の話もそうでない話もよく通じるし、肩肘を張らずに付き合えるのはありがたかった。それに、頭も悪くはなかった。M子と会う機会はだんだん少なくなり、遂になくなったのも、自然の成り行きだった。

W美のことは特に好きなわけではない。以前、M子の悪口を言う奴がおり、そいつをつかまえて何時間もM子の美点について語り続けたことがある。社内でW美のことを悪く言う人は結構いたが、それが耳に入っても特に腹は立たない。欠点が多いのは事実だろう。が、誰しも多かれ少なかれ欠点はあるだろう。

過去に付き合ったことのある中で、M子は最高に素晴らしかった。間違いなく、あの時僕は彼女に夢中だった。M子のことを考えただけで胸が熱くなったし、彼女と過ごした時間はとてもエキサイティングなものだった。

若い人には納得がいかないかも知れないが、人は好きでない相手とも一緒にいることはできるのである。あるいは、好きな人でも、それだけでは長く一緒にはいられないというべきか。今、W美とは、特にわくわくすることはないけれども、特に不安に陥ることもない、単調だが堅実な日々を過ごしている。若い時は夢を見ることも大いに結構だろうが、今の僕に必要なのは、確かなマイニチなのだ。

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