みなもと太郎亡くなる

2021年8月7日、漫画家のみなもと太郎心不全のため逝去。74歳。20日リイド社が発表した。

きっと多くの人がそうだろうが、「風雲児たち」がちゃんと完結するのか、ずいぶん前からずっと心配していた。いったい作者はあと何年くらい描くつもりで、どのくらいで終わりにする計画でいるのか。今のペースではあと10年かかっても終わりそうになく、しかし年齢を考えればいつまでも今のペースで描き続けてはいられないだろうし、おまけに時代が進むにつれてますます細かくなってペースは落ちているし。

そんな中、しばらく休載が続いていたため、嫌な予感があったことは事実だ。まだトシというほどの年齢ではなく、ちょっと疲れただけだろうと思いつつ、こういう日が来ることを覚悟する気持ちもあった。だから訃報に接したときは、まさか、という気持ちと、やはり、という気持ちが同居していた。

1979年に始まった作品を1997年にいったん終わらせた後(この時点で既に19年経っているのだが)、登場人物を整理し、「雲竜奔馬」として再スタートを切ったのはいいアイデアだと思った。かなり重く、遅くなっていた話の展開が再び軽快になって読みやすくなったからだ。これなら幕末を駆け抜けられると思いきや、この作品は単行本にして5巻でストップ、「風雲児たち 幕末編」として再び書き直すことになってしまった。時代は戻り、描写がていねいになり、これではあと20年経っても終わらないんじゃないかと思った。

おまけに並行して「宝暦治水事件」なぞを描き、いや、これはこれで抜群に面白いし多くの人が知らなかった話だと思うので価値も高いのだが、こんなことをしていてはますます幕末が遠くなるとひやひやしていた。これ以外にも盛んに外伝を描くし、同人誌まで描くし、ついに岩崎書店から「マンガの歴史」などという文字の本まで手掛けるありさま。いやこの本の内容も確かにみなもと太郎にしか書けない内容ではあるのだけど、こうした本を著すのは呉智英にでも任せておいて、「風雲児たち」の執筆に専念してくださいよ……さもないと死ぬまでに終わりませんよ……と祈るような思いでいたのは自分だけではないだろう。

しかし、これがみなもと太郎がやりたかったことなのだ。「風雲児たち」でも、特定の主人公を作らず、ある人を語ったかと思えば突然別の人を紹介し、さらに別の人を描き……と、彼の手法に慣れない人にとっては支離滅裂に感じられるほどに話がころころ飛んでいく。これは、歴史というのは特定の人間が作ったものではない、いろんな人が少しずつ関わって織りなしたものなのだ、という作者自身の歴史観が反映されているわけだが、作者自身があれこれ知りたがり、語りたがる性格でもあったのだろう。だからあと20年元気で長生きをしたとしても、終わらない。きっと50年かかっても、終わらない。

現時点での最終巻(34巻)では、坂本龍馬勝海舟と出会う場面が描かれる。「これから幕末が始まる」ともいえる有名なシーンである。「幕末を描く」というテーマの作品を42年かかって描いてきて、ようやく幕末が始まるのだ。ファンとしては、みなもと太郎はそういう作家だ、未完してやったり、と受け入れるしかないのだ。