トニー・シェリダン逝去

1961年10月28日、ジーンズに黒いレザー・ジャケットを着た18歳の少年、レイモンド・ジョーンズが、リバプールのホワイトチャペルにある「NEMS」というレコード店へやってきて、こんな風に言った。
「マイ・ボニーというレコードがほしいんです。ドイツで作られたレコードなのですが、ありますか」
店番をしていたのは28歳の青年、ブライアン・エプスタインだった。彼はこのレコード店の店主だったのだ。彼は、首を振った。
「アーチストの名前は、わかりますか」とプライアンは聞いた。
「初めて聞く名前でしょうけれども」とレイモンドは答えた。「ビートルズ、という名前のグループのレコードなのです」

ブライアン・エプスタインの自伝(実際にはデレク・テイラーが代筆)「ビートルズ神話」(訳・片岡義男)のプロローグである(記憶での引用につき正確ではない)*1。この「マイ・ボニー」という曲を歌っていたのがトニー・シェリダンで、若き日のビートルズがバックを演奏していた。そしてそのレコードを買いに来たレイモンド君によって彼らに興味を持ったブライアンは、やがてマネジメントを買って出てレコード会社に売込みを開始し……という伝説の幕開けに一役買ったのがトニー・シェリダンだ。

だからトニー・シェリダンの名前は世界中が知っている。しかし、彼の歌声を聴いたことのある人はごく僅かだろう。「マイ・ボニー」以外の曲を知っている人となると、極めて限られるだろう。彼自身は、こうした有名のなり方を喜んでいたのかどうかはわからない。しかし、彼の歌手としての力がどうあれ、歴史に名を遺した人には違いない。享年73。

(2013/8/5 記)

*1:この歴史的名著は、とっくの昔に絶版になっており、復刻される見込みもない。出版社は何を考えているんだ!