就職活動の誤謬

内田樹氏は大学教授であり、数多くの一般向けの著書を出されており、氏のブログはかなりアクセス数が多いことで知られる。氏の述べることは示唆に富み、自分も時々読んでは「なるほどなあ」と考えを新たにすることが多い。思想家として、社会評論家として優れた人物であると認めるにやぶさかではない。

が、下記の記事は驚いた。企業人としては異論を述べておきたい。

まず、本論からずれる話をする。大学二年生の秋から始まる「就活」によって、大学教育が深く損なわれていると憂慮されているが、それでは受験勉強はどうなのか。高校の授業を真面目に聞いていれば特に慌てる必要はなく、せいぜい受験直前に去年の問題を解いて形式に慣れれば十分である……という戯言を信じる受験生はいるまい。特に一流大学を狙う人は、二年前、三年前、いや中学生の時から大学受験を意識した勉強を考えるはずで、そうした現実を内田先生がご存知ないはずはない。日本史の授業中に英単語集を繰るような真似は、あるいは受験には必要かも知れないが、一般教養を身につけるべき高校の授業をゆがめていることは言を俟たない。また部活動や、友人との付き合い、恋愛など、高校生にとって大切なことはたくさんあるが、大学に合格するまでは、と抑圧を強いられ続けている。大学人として、こうした状況を少しでもなんとかしようと思わないのだろうか。自分にできることはやらず、企業に警鐘を鳴らすだけでは、筋が通らないのではありませんか。

これは揶揄である。僕がこう思っているわけではない。こう言われたらどうしますか、と言ってみたかっただけである。

さて、内田氏は(そして先行する茂木氏も)前提として、日本の企業は新卒者を一斉に採用し、経歴の「穴」を許容せず、そのために実際に採用する2年も前から学生に就職活動を強いる、という認識をしている。ここから話がはじまるわけだが、それはいったいどの会社のことを思い浮かべているのだろうか。

もちろんこうした会社があることは知っている。しかし、そんなのは全体の1%以下、いや、0.1%以下なのではないか。別に僕も大々的に調査したわけではないから、具体的な数字は根拠がないが、上場企業とかの、ごくごく一部の会社だけのはず。上場企業はある意味では官公庁と一緒なので、当然といえば当然だが、世の中の数百万社あるほとんどの企業は、新卒以外の人も当たり前のように採用しているし、時期も4月と決まっているおらず、通年で(必要な時に)行なっている。履歴書の穴なんて気にしてはいられない。少なくとも、僕が過去に在籍した会社はそうだった。

世の中のほとんどの会社がやっていないことを、あたかも日本の会社はすべてやっているかのように誤解し、それを前提に論を進めるのは、学者の言としてはあまりにも稚拙である。卒業の2年も前から就職活動を強いる会社を批判する前に、卒業の半年前に応募してくれればいいという会社を探す方が、よほど建設的である。賭けてもいいが、後者の方が数は多いはずだ。それも圧倒的に。

さて、これで話は終わりであるが、ことのついでに、日頃採用活動にも関わっているものとして、学生自身や大学の先生方の、就職活動の考え方に対する違和感について述べておく。ここから先は一般論である。

世の中に会社というものは数百万社ある。これだけあれば、経営者の性格も、会社の雰囲気も、経営体質も、もちろん経営規模も違う。千差万別よりもっと違う。そして、大事なことは、それぞれ求められる人物像が違うということだ。しかし、多くの学生はそうした企業の存在を知らず、知名度のある会社のみを就職先として検討対象にしているようだ。大学に求人のある会社しか視界に入っていないのかも知れない。大企業しか見ていないから、大企業のやることが世の中のすべてだと思い込んでしまう。それは大企業の横暴を許容することにもなるが、自分自身の可能性を狭めてしまうことでもある。

業界によって、体質や雰囲気はかなり違うし、職種によっても違う。同じ業界でも、大企業と中小企業は全然違う。当然、必要な人材の条件も変わってくる。だから、ビジネスマンとして絶対的に優秀な人はいない。同時に、絶対的にダメな人もいない。採用も客観的な世界統一の基準があるわけではなく、どちらかといえば「合う・合わない」で決まる部分が大きい。だから、どういう仕事、どういう組織が自分に合っているのかを考えることがとても重要になる。

自分のやりたい仕事、行きたい業界がある程度決まったら、その業界にどういう企業が参入しているかを調べてみる。「業界」をどのくらい具体的にするかで変わるが、ちょっと調べれば100社、200社はリストアップできるはずである。今はありがたいことに、たいていの会社の組織内容や経営状況はインターネットで調べることができる。しかし、こうした活動をしている学生に会ったことがない。こうした指導をされている先生にもお会いしたことがない(専門学校はこうしたことを熱心にやっておられる印象を受ける)。

冒頭に揶揄として書いたこと。「僕がこう思っているわけではない」と書いたが、僕はどう思っているかというと、世の中には「大学受験は×年前から始まる」などと言う人がいても、惑わされることはない。受験勉強は意外と長丁場であるが、集中してやらなければ効果は望めないから、現役生ならせいぜい半年も取れば十分ではないか、と思っている。それよりも「受験勉強以前」が大切である……と、森毅は「数学受験術指南」で主張していたのではなかったか。

就職活動も同じ。企業に履歴書を送ったり説明会に参加したりするような「就活」とやらよりも、「それ以前」が大切である。方針としては、世の中には自分の知らない会社が星の数ほどある、ということを知ること、「いい会社」を探すのではなく、「相性のいい会社」を探すこと。それが成功の秘訣ではないかと思う。